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智の素

ITコンサル兼絵描きの雑記。日記、世の中考察、本のレビュー、作品掲載など。

「何でもやってみろ!」の大いなる利点

巷の自己啓発本で、「何でもやってみろ!」という教訓を何度も見る。

なんとなくその場では納得感があるのだが、つい先日、尊敬する先輩の一言でようやく、本当に腹落ちした気がする。

 

端的に言えば、

「何でもやってみる」ことは、今後の行動を最適にするための手段だと思う。

 

なぜなのか。

例をあげる。

 

◾︎「やってみた」場合

「音楽、やったことないがおもしろそう、でも俺にはずっと続けてきた絵があるし、どうすべきかなぁ」と悩み続けるSという人物がいる。

なんとなく気になって、もやもやと悩んで、悩んで時間がすぎていく。。。

→この時点で音楽がおもしろいかどうかはわからない。

 

そこで、「やってみる」である。

Sは思い切って、音楽の世界に飛び込んでみた。すると。。想像以上におもしろい。

→ここで、音楽はおもしろいもの、という評価をくだせる。

→まだ絵と音楽の優先度はつけられない

 

もっと続けてみると、世界が広がってくる。

絵よりも優先度高く取り組んだら、それが今やりたいこと!

→ここで、絵<音楽という評価が明確になる

→日々の行動が音楽中心になり、行動が効率的になる

 

◾︎「やらなかった」場合

ずっと悩み続け、

音楽で有名になったらなーとか、

絵で成功したらなーと妄想をこねくり回して、時間だけが過ぎる。

→音楽に対する評価が定まってないので、動けない

→いわば、「やってみたいんだけどねぇ。。」となんか前向きそうなんだけど結局なんも変わってない人である

 

 

ここでポイントなのが、

やってみて、つまらなければそれでよいということ。

つまらないことが「わかる」ことが大事。

それがわかれば、悩む時間もなくなり、すぱっと音楽以外のやるべきことにフォーカスし、時間を有効に使えるようになる。

悩みも減るから、精神的にもラクになる。

 

だから、行動することが大事、なのだ。

 

 

先輩が言っていたのは、無意味であること、興味がないことが「わかる」ことが重要、との趣旨で、出てきた文脈は若干上記とは違うのですが、

なんだか、あっ、そうだよね、そういうことよねとすごく納得したもので。